ダイアフラム式クラッチの油圧システム改良


トライアルに限っていうとすべてのバイクの、前後ブレーキもクラッチも“油圧方式”です。で、中身のブレーキオイルはグリコール系の、いわゆるDOT4と呼ばれる種類のものを使っています。
このグリコール系のブレーキオイルは「オイル」ではなくて、正しくは「フリュード(液)」と申します。だから商品には「BRAKE.FLUID」の表示あり。

ブレーキ液と言いますが、当然、内部構造が同じの油圧クラッチシステムにも同じものを使っています。

ところが、

①HONDAやBetaは、クラッチシステムが従来の「6枚クラッチ板に5枚クラッチ鉄板に6本スプリング方式」ですが
②Gas-GasやシェルコやScorpaのクラッチシステム、つまり「ダイヤフラム板バネ方式」に変わりますと

クラッチ系統だけは、グリコール系のブレーキ液ではなくて「鉱物油系のミネラルオイル」に変更となっています。

つまり、右側の前ブレーキ系は従来通り「グリコール系のブレーキ液DOT4」を使い、左側のクラッチ系は「鉱物油系のミネラルブレーキオイル」を使っているという、左右で中身の液体が「フリュードとオイル」の別々になっているのです。

その証拠にブレーキテックの、右側の前ブレーキマスターシリンダーのフタには「DOT4」と書いてありまして、左側のクラッチマスターシリンダーのフタには「ミネラルオイル」と刻印がちゃんと打ち込んであります。

*ブレーキテックの前ブレーキマスターシリンダーにはDOT4の指示あり

*入っているのは、一般的なグリコール系のブレーキフルードDOT4

*ブレーキテックのクラッチマスターシリンダーにはミネラルオイルの指示あり

*入っているのは鉱物油系のミネラルオイル →表示はフルードとなっていますが、これは正しくはオイルです、ミタニさんの間違い〜。

ダイヤフラム板バネ方式のクラッチシステムに、何故、従来通りの「ブレーキ液DOT4」を使わないのでしょうか。
今まではブレーキ液だけ予備に持っていればOKだったのに、ダイヤフラムクラッチのバイクはこれプラス、ミネラルのブレーキオイルも予備に持っておかないといけません。
「今まで通り、左右ともにブレーキ液DOT4でいいのと違うの」の疑問。これが今回の「改良してみよう」の原点ですね。


以下の解説は、荒っぽく分かりやすく説明していますので、その筋の専門家の方は「大筋で我慢の範囲」だったら笑ってお許しくださいね。

●グリコール系のブレーキ液と鉱物油系のミネラルオイルの違い、の①

グリコール系のブレーキ液は「潤滑性がゼロ」です。つまり、押さえつけられる圧力にはめっちゃ強いけど、オイルではありませんので潤滑性はまったくないのです。100%耐圧力のみの性能の液体です。

ところが鉱物油系のミネラルオイルは、耐圧力もあるし、ある程度の潤滑性もあるオイルです。大雑把に言うと、フロントフォークやユンボやブルトーザーの作動に使用する同じ系統のオイルです。ハイドロと呼ばれる油圧系の「作動油」の表現でもいいかもしれません。

その昔はフロントフォーク専用オイルは販売されていませんでした。民間人は自動車のオートマATFオイルを入れている時代があり、今でも2stギァ室オイルにATFオイルを使っている人もいます。ですんで、オートマATFオイルは万能の作動油かもしれませんね。

ですので、鉱物油系のミネラルオイルは「耐圧力50%+潤滑性50%」の性能のオイルと考えてください。
だから極端にいうと、急場しのぎだったらダイヤフラムの油圧システムは低粘度のフロントフォークオイルでもいいし、自動車のオートマATFオイルでもいいのです。

●グリコール系のブレーキ液と鉱物油系のミネラルオイルの違い、の②

すべての機械の作動部分からオイルが漏れないのは、オイルシールやOリングを使っているからです。このオイルシールやOリングは、中身のオイルによって材質を変えてやらないと「オイルが漏れる/ふたふやになる」のも知ってくださいね。

*Oリングですが、見ても触っても分かりませんが何種類もの材質の分類があるのです。

オイルではないグリコール系のブレーキ液DOT4は、特にゴム類への攻撃性の強い液体です。
ハンドル左右のマスターシリンダーのふたをあけて、中身の液(フルード)を入れ替えたり量の点検をした時に、何も考えずにレバーピストンカップのゴムカバーに液をこぼして、何日かするとそのカバーのゴムがぶよぶよになって使えない、なんていう経験のある人は多いはず。

*同じものですが、DOT4がかかると右のように膨張します。この程度はまだマシで、みなさん経験ある通りブヨブヨになって使用不可になってしまうのはごく普通ですね。

グリコール系のブレーキ液はそれ専用のOリングがあり、鉱物油系のミネラルオイルにもそれ専用のOリングがあり、エンジンだけでも「ガソリンに強いオイルシールと、オイルに強いオイルシール」のがある、ということを知ってくださいね。特にキャブレターのゴムパッキンなんか、ガソリンに強い100%でしょう。

ようするに、ミネラルオイルと書いてあるクラッチ系に、ないからといってごく普通のブレーキ液DOT4を入れると、内部のOリングがふやけてブヨブヨになり動きがしぶくなり、次にオイルが上のマスターと、下のポンプから漏れてきます。つまり「DOT4にミネラルオイルを入れる、ミネラルオイルにDOT4を入れる」の、このどちらをやっても油脂系がすべてパーになるということ。

●6本スプリングクラッチと板バネダイヤフラムクラッチの違い 

ここではクラッチ性能うんぬんの違いのことは、パスさせてもらいます。
ですが、6本スプリングしか使ったことのないBetaMotor11年契約の経験からしてみると、板バネダイヤフラムは「今風流行り」ちゅうか、好みの問題で、今風だから昔風より絶対にいいものでもない、ですね。

クラッチマスターシリンダーのレバーを握りますと、クランクケースの横についているクラッチポンプの中のピストンを押して動かし、クラッチが作動する仕組み。
このクラッチポンプの中に入っているピストンの動く移動距離が、6本スプリングクラッチと板バネダイヤフラムクラッチとは大きく違うのです。

6本スプリングクラッチのはほんのわずかの押し動きで切れ、板バネダイヤフラムクラッチのはかなり押さないと切れないのです。
これは内部構造の違いの差なのですが、ようするに、6枚クラッチとダイヤフラムクラッチは「ピストンの動く距離」が大きく違うのです。

*Shercoのクラッチポンプと、中に入っているピストンで14ミリです。

*Betaのクラッチポンプと、中に入っているピストンで28ミリです。

マスターシリンダーの押し出すオイル量が同じなら、ピストンを大きく距離移動させるためには径を小さくし、少しでいい場合は径を大きくは、パスカルの原理で理解できます。

*これだけピストンの大きさが違うのです。真ん中がBetaのピストンで、左はShercoのピストンで、右のはShercoとサイズ外形は同じ私のオリジナルピストンですね。

●何故、板バネダイヤフラムクラッチにだけ鉱物油系のミネラルオイルを使うのか

はいもうわかりましたね。

①6本スプリングクラッチのピストンは動く距離がほんのわずかだから「組み付ける時のグリス塗布で十分対応→潤滑性能は必要ない」けど
②板バネダイヤフラムクラッチのピストンは距離動くもんで「常に塗布してくれる→潤滑性能のあるオイルを使う必要がある」のです。

クラッチポンプのピストンを潤滑する」ただこれだけの理由が、ダイヤフラムクラッチにミネラルオイルを使う理由です。

参考までに、自転車の油圧ブレーキはすべてミネラルオイル指定です。自転車のブレーキは目で見てわかるように、ブレーキシューを押すピストンがけっこうな距離を出たり入ったりして往復しています。
でやっぱり、ピストンの往復部分に潤滑用のオイルを切らさないよう、ミネラルオイル指定ですね。

フロントフォークも同じだけど、ブルトーザもユンボもショベルを動かすダンパー部分のメッキむき出し部分は長いですよね。この部分が伸びたり縮んだりしているわけど、油圧で動かしてるとはいえ、動く部分の潤滑も同時にしてやらないといけないのは誰が見てもわかります。
だから、ミネラルオイルと同じ部類の作動油が指定なのですね。

●6枚クラッチとダイヤフラムクラッチの体感的な違い

だったら「すべてのブレーキシステムにミネラルオイルを使ったら」でしょうけど、ズバリ、作動油としてのミネラルオイルはDOT4のに比べて

①動きが重い
②メリハリというか、カチッと感がない

ですね。

①の動きが重いですが、これはDOT4は水みたいにシャブシャブで、ミネラルオイルは薄いとはいえやっぱりオイルだから多少はネッチョリ感があるからかもしれない。

②のメリハリというか、カチッと感がないは、それは当たり前で圧力をかけるとブレーキフリュードはそこでこらえてくれるけど、ミネラルオイルはグニュっと逃げる感じ。
圧力にも耐えられるし潤滑もするどっちつかずオイルより、100%圧力専用に作られたフリュードDOT4とは実力が違うのです。

動きが重いのとメリハリというか、カチッと感がないは「ダイヤフラムクラッチ」のせいではなくて、ミネラルオイルのせいですからお間違えなきように。

①動きが重いは、機械的にもう一つの理由がありまして、例えば3本ピストンリングのエンジンと、ロードみたいに1本ピストンリングのエンジンでは、回転の上がり方がぜんぜん違います。3本ピストンリングは圧縮漏れに強いけど抵抗が大きいで、1本ピストンリングは圧縮漏れに弱いけど抵抗が少ないのの差です。

ダイヤフラムクラッチのピストンについているリングは、リングというよりも帯状の板みたいなものが2つ付いています。これではシリンダーとの接触面当たり抵抗が多いですよね。
Betaのは、単純に2本のOリングだけ。この接地面積の差は大きいのです。

●ダイヤフラムクラッチのミネラルオイルをDOT4に変更できるのか

できるも何も、ダイヤフラムクラッチの申し子みたいなラガを始め各社ワークスみなさん、世界の現場では最初から変更なされていますよ。TRFに移籍したラガのバイクもやっているかどうか分からないけど、多分、DOT4が使えるクラッチにしていると思う。でないと、あの強烈なつながり方にはならないでしょう。

「ピストンを潤滑しないのが不安」な人もいるでしょうけど、DOT4に変更したワークスは「月一くらいでバラしてグリスアップする」で対応しているみたい。
ワークスライダーの月に乗る時間1ヶ月分と、民間人みなさんの1年乗る時間と多分同じくらいでしょうから、余裕をみてDOT4仕様に変更しても半年はグリスアップなしで大丈夫だと思います。

うちの孫のスコルパとシェルコの125、5月の世界選手権もてぎ使用済車をいただき、クラッチをもっと軽くするためにDOT4仕様に変更して、今9月です。
ほぼ毎日2時間乗っているとして、単純計算で180時間はノーグリスアップで、まったく問題なし。

*Betaの純正28ピストン

素人考えながら、手作りのオリジナルピストンとはいえ、Betaの28サイズピストンをそのまま縮小して作った14で2本Oリング付きでしょう。
多分、ワークスも同じ形のものを作って使っていると思う。だって、このデザイン以外には考えられない。

左右にOリングがついていますが、片方は潤滑性能のないDOT4でも、もう片方は潤滑性能ありのミッションオイルが常に振りかかっているわけ。
あげく、出たり入ったり往復距離が長いから、ポンプピストン全体にミッションオイルが回っている気がしないでもありません。
でなきゃ、ノーオイルでこんなに長くは持つはずなし。

この話は、純正のピストンのままの話ではなくて、DOT4対応のオリジナル2本Oリング付きピストンに交換して、の話ですよ。お間違えなく。
なんども書いているように、純正のピストンにはOリングの代わりに交換不可の帯状の板みたいなのがついていますが、これがミネラルオイル対応ですので、DOT4にしようと思えば、この純正ピストンをまるごと交換しないと始まりません。

●改良の① マスターシリンダーもミネラルオイルもそのままで、ポンプのピストンだけを交換する

写真の右側がスタンダードのピストンで、左側の「アルミ削り出し表面バフ研磨済み」のがオリジナルピストンです。
スタンダードピストンには帯状の板みたいなリングが2つついています。オリジナルピストンは、Beta純正ピストンと同じように2本のOリングで対応しています。

スタンダードのクラッチの動きの渋いのは、この接触面積の多い帯状の板みたいな2本ついているリングにあると考えられますので、まずは、この純正ピストンをオリジナル2本Oリングピストンに交換するのが1丁目の1番で、必ず交換しないといけない必須条件です。

マスターシリンダーはそのまま、ミネラルオイルもそのままで、交換するのは「オリジナルピストン」だけ。もちろん、ピストンに取り付けるOリングは、当たり前ですがミネラルオイル対応ですね。

●改良の② マスターシリンダーはそのままで、DOT4に交換する

DOT4に交換しようと思えば、上のマスターシリンダー内部のゴム類も、下のピストンのOリングも、DOT4対応のゴムに交換しないといけません。
ブレーキテックの左右マスターシリンダーの中のゴムカップの形は付属の部品を含めて、ブレーキ側もクラッチ側もまったく同じです。
ただ違うのは、右側の前ブレーキ用のはDOT4対応ゴムカップで、左側クラッチ用のはミネラルオイル対応ゴムカップの違いです。

ですので、クラッチ側マスターシリンダーの中のゴムカップKitすべてを抜いて、ブレーキ側のゴムカップKitすべてと交換すればOKですね。
もちろん、下のポンプのピストン交換も必要で、この場合は2本のオリジナルピストンOリングはDOT4対応となります。

この方法が、一番ポピュラーな方法ですね。

*ブレーキテックマスターシリンダーDOT4対応ゴムカップKit(左右共通)→三谷神戸店@3,600円

●改良の③ マスターシリンダーをAJPに交換する

ブレーキテックマスターシリンダーが良い悪いではありません、タッチが好みか好みでないかのお話です。

黒山レーシングは長きにわたりAJPのマスターシリンダーに慣れひたって現在にいたっています。
で、Shercoとスコルパの125についている純正のブレーキテックのタッチになんとなく違和感を感じて、マスターシリンダーを使い慣れたAJPに交換しています。
この場合、このAJPは最初からDOT4対応のゴムカップを使っていますので、そのままでDOT4使用がOK。下のDOT4対応2本Oリングのついているポンプピストンだけを交換すればいいわけ。

●まとめ

①ミネラルオイルのままの場合

純正のブレーキテックのクラッチマスターシリンダーも、ミネラルオイルも気に入っているけど、クラッチポンプの中のピストンだけ「オリジナル2本Oリングピストン」に交換する。→この場合のOリングは、ミネラルオイル対応。

部品代→オリジナルピストン 5,600円

②DOT4にしたい場合

純正のブレーキテックのクラッチマスターシリンダーは気に入っているけど「オイルだけをDOT4に交換したい」場合は、マスターシリンダーの中のゴムカップKitをDOT4用に交換し、下のクラッチポンプの中のピストンも「オリジナル2本Oリングピストン」に交換する。→この場合のOリングは、DOT4対応。

部品代→マスターシリンダーDOT4対応ゴムカップKit 3,600円+オリジナルピストン 5,600円=9,200円

③マスターシリンダーをAJPに交換したい場合

ブレーキテックのマスターシリンダーをAJPに交換したい場合は、AJP本体はそのままでOK、下のクラッチポンプの中のピストンを「オリジナル2本Oリングピストン」に交換しDOT4にする。→この場合のOリングは、DOT4対応。

部品代→AJPマスターシリンダー14,000円+オリジナルピストン 5,600円=19,600円

以上の3つの選択ができますね。
うちの孫どもは、③の選択をしてキゲン良く乗っています。

ブレーキほどの圧力のかからないクラッチでも、やっぱり「圧力も潤滑もOKの作動油」よりも、「圧力一本」のブレーキフルードDOT4の方が絶対に「動きもタッチもカチッと感」もよろしい。

最後に売りたいものの値段をいうのが香具師テキ屋商売の常套手段で、はい2本Oリング付きオリジナルピストン、DOT4用であれミネラル用であれ<5,600円>で「持ってけドロボー」です。
スペアとして2本のOリングセットで<600円>です。

★自分で交換するか、メカ自慢の誰かにやってもらう場合、とにかく必要以上にミネラルオイルの残骸をブレーキクリーナーか何かでお掃除除去をパーフェクトにしてくださいね。
でないと、手術で取りきれなかったガンが再発するのと同じで、DOT4の実力が100%出ないうえ、ゴムカップとかOリングがふやけて「動きが渋い→オイルが漏れる」になりますよ。

ご注文は以下へどうぞ。

ichi@kuroyama.jp
kuroyama@bd5.so-net.ne.jp