夢に向かって、その1

全国の我が子をトライアルチャンピオンにしようとたくらんでおります貴兄。
どうすれば我が子をチャンピオンにする事が出来ますでしょうか。
これは簡単です。「継続は力なり」のお言葉通り「続ける事」ですね。

ここでいう「チャンピオン」とは“世界に出ていかなければなれない世界チャンピオン”という最頂点の夢のレベルでなくて、日本での最上級クラスのチャンピオンの事。
今現在の「国際A級スーパークラス」のチャンピオンの事です。

「続けたって素質才能がなきやダメでしょうが」ですが、これは大人になって始め、そして続ける場合であって、自転車もろくに乗れない幼児から始めた場合は「素質」という言葉は必要ありません。
何故なら「幼児は全員天性の素質がある」からです。
それを「成長過程でつぶしている」だけの話。

アメリカスーパークロスの選手は、ほとんどが20歳前後で終ります。
「まだ若いじゃないか?」の質問には「僕はもう17年走っているんだぜ」ですね。

つまり、3歳くらいから始めれば、誰でもトップライダーになる素質は本能的に持っていまして、それを開花させる為には「同じ事を続ける」事が一番大切 という次第。

体の小さい子供と言うよりも、まだ乳幼児の園児は「自転車かスケーターか三輪車」がそのスタート。

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自然山通信誌の杉谷さんの長男「海」くんのトライアル用自転車を当工場で作りました。
完成して「自己満足に走る」二郎君メカです。

改造点→写真で見える範囲は「前後リムに穴開け」「ペダルシャフト穴開け」「後ろスプロケット大きくして足を遅く」「前後ブレーキの強化」「不必要な部分すべて とっぱらい」です。

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その完成テストをするりっ君4歳です。
チューニング(性能アップ)には、本当にそうなっているのかの「テストライダー」が必ず必要で、この自転車を大人がテスト出来るわけはないよね。

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現在4歳3ヶ月の長男のりっ君(幼稚園年少さん)は、3歳になったばっかりの時に「立って」乗れるようになりました。
凸凹を通過する時は、 タイミングを合わせて前タイヤ(ハンドル)を引く事も始めました。
でもまあ自転車は「体の小さいうちは自転車にでも乗っときや」ですんで、そうは自転車に乗る事に力は入りませんね。

黒山選手.藤波選手.小川選手.野崎選手は自転車トライアルの世界チャンピオンです。
でも4人共に「子供クラスの世界チャンピオン」ですね。
尾西選手.西元選手も自転車トライアルの世界チャンピオンです。ですが、この二人は「大人クラスの本物の世界チャンピオン」です。

皆さん全員トライアルに転向しましたが「トライアル」では、子供クラスの世界チャンピオンに大人クラスの世界チャンピオンは歯がたたないどころか、 そうこうしているうちに尾西選手.西元選手もトライアルをやめてしまいました。
かたや4人の子供クラスの自転車世界チャンピオンは「トライアルで生活が出来て」ますますトライアルにはまり込んでいっています。

トライアルと自転車トライアルの関係うんぬんを論議する余地はないですね。
この事実、歴史結果をみただけで「自転車トライアルはやりすぎると、トライアルに転向した時に成功しない」は一目瞭然。

子供をトライアルのチャンピオンにしようと思えば、自転車トライアルは引き際やめ時が大切です。

参考までに黒山選手は、小学6年の夏休みに身長138センチでトライアルに転向しました。
バイクは「BetaTR35/50cc」です。ひとつ下の藤波選手も小学5年でしたがいっしょにトライアルに転向しました。身長なんか135センチくらいで、もち同じバイクです。

こん時に中2の 小川選手もいっしょに50ccで転向しましたが、すでに体が大きかったんでしばらくしてBetaZero125ccに乗り換えました。

現在まだ2歳と10ヶ月の次男の陣くんは、2歳と半年で駒なし自転車に乗りはじめました。

ですが、自転車うんぬんというよりも、乗り物動くもの何でも大好きでこのスケーター幼児暴走族ですが、陣くんはまだおしめがはずせず、これをやっています。
二輪車三輪車、スケーター、竹馬、何でも無茶苦茶に乗りこなし、結果、ぶっ壊してしまい怖さを知りません。

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2輪車ばかりで遊ばせるよりも、子供は「山へ連れて行こう」とアウトドア雑誌ビーパルばりの事も大切です。
まずはお兄ちゃんが大きな木の下に張り付き、そこから水たまりに飛び降りる遊びをしています。
弟の陣くんが順番を待っています。

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山の中、この姿勢で我慢させて長男に根性をつけます。でも、本当にこれで根性がつけば世話はないわね~~。ようは小僧は「大自然の中で遊ばせろ~♪」ちゅう事。それで基礎体力をつけてから先に自転車があるのである。

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産まれたばっかホカホカ出来たての三男の太陽は、さてさてどうなりますでしょうか?
産み落としの張本人のママが申しますには「三人の中で一番危なそう」なんだって。

「アメリカスーパークロスの選手は、ほとんどが20歳前後で終ります」と書きました。
ですが、黒山選手を含めて藤波選手も小川選手も野崎選手も、たとえば黒山選手は「3歳から二輪車に乗りはじめて33歳の今もまだ二輪やっている」「単純計算で30年やっているし、まだ発展途上進行形中」で、他皆さん、まったく同じで「まだまだやってやるぅ~」ですね。

これはひとえに黒山選手が言うように「トライアルが今だにおもしろい」からに他なりません。

監督のいちろお父さんは、少年チームの「ブラック団(世界チャンピオン藤波貴久/世界ランキング3位黒山健一/全日本チャンピオン小川友幸)」で成功しました。
今は「女子部レディスピンク団」で頑張っています。
そしてその次は「三代目黒山組チャンピオン」の仕事が控えています。
年齢的体力的にもいち ろ監督には、この三つのお仕事で終わりでしょう。

ここまでは「監督/いちろ、コーチ技術指導/健一、メカニック/二郎君」で、その先は“いちろ”は消え去り「黒山選手に二郎君」が、指導し育てる世代です。

世の幼稚園児、もしくは小学低学年をお持ちの貴兄、うちが孫にやっているのと同じ事を並行しておやり下さい。必ずや「息子に稼がせ親は遊んで暮らせる」ようになります。
まずは、自転車と言わずに何でも子供用乗り物に乗せましょう。
そしてそのマシンが「半年でボロボロになって終わり」だったらしめたものです。完璧にそのマシンをコントロールしたという証拠ですね。

間違っても「エンジン付き」には、まだ乗せたらダメですよ。

実は藤波選手はすでにその時分、すでにQR50ミニバイクを持っていましたが、お父さ んに「乗せるな」の禁止を言い渡したのも成功した一因でもあるのです。
「体で覚えさせる」は、何にでも、そして年齢関係なしに正しいのです。

この時代の一番上手いのが「小川友幸と田中善弘」で、その次が「黒山健一」で、ずっと離されてすごくヘタだったのが「藤波貴久」でした。
今「藤波貴 久」は手が届かないどころか、モノほし竿を持ってきても届かない高さまで登りつめて、トニー.ボウとアダム.ラガ以外は誰も手が出ない高さにいます。

これはひとえに藤波お父さんも小僧っこ貴久も、小さなうちから「負けても負けてもめげずに続けた事」以外に成功の秘訣はないのです。
ちゅう事で、一番始めに出てきた言葉「継続は力なり」に、話がふりだしに戻ってきたところでお話しはおしまい。

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明日のチャンピオンの為に、その1終了なのだ。

黒山いちろより