私のSUZUKIと全日本5 連載・第11回


前号(スズキのレーサー整備室)の続き

●エアークリーナースポンジの変更

2010年の区切りのいい年にベータモーターは、今までのBetaテクノの次世代の画期的な新型バイク「BetaRev-3」へモデルチェンジします。「Rev-3」って意味は「Revolution(レボリューション/革命3代目)で、ガラ→テクノと2代続いて3代目に革命的なレブ3って事。

レースメカニックとは

いきなり話は変わりますが、どこであれメーカーワークスのレースメカニックに一番大切な資質は何か知っていますか。これは・メカに強いとか・もの作りに強いとか・現場で機転がきくとか・暑さ寒さ空腹不眠に強いとか・ライダーから工具で殴られても我慢できるとか、はあって当たり前の内容で、メーカーとして大切で雇う側もその事に選択採用の一番の基準は「口が固い」ことです。

それはそうで、メーカーのメカニックはレースのないときは「次の新型レース用テスト部品の組み外し」を担当していて、秘密の次の何かを知っています。こうなると、いくら腕が良くても「口の軽い」のは使えないのは、誰が考えても当たり前ですよね。

レースメカニックはスゴイ腕前を持っている、と思われがちですが、もっともっと腕前のいいのは町工場にもいくらでもゴロゴロいます。違います、レースメカニックは「口が固い/秘密を漏らさない」のが正解です。

2000年に出た新型のBetaRev-3は、Beta契約ライダーの入れ替わりの一番激しいときのことで、BetaMotorナンバー1契約ライダーのランプキンはモンテッサに来年から移籍することが決まっていたんでテストさせてもらえず、前の年までいたコロメも出て行くのが決まっていたんでもちテストさせてもらえず。2000年から契約するカベスタニーは新人すぎて無理。

そうです、新型BetaRev-3のほとんどは黒山選手がテストしたのです。ここで本題のエアークリーナースポンジが横入れ引き出し式になるとか、フロントフォークが正立ではなくて倒立になるとか健一、一郎、二郎の現地BetaMotor駐在の日本人三人組はすべて知っていました。

話はすっとびます。ヤマハ発動機(株)が黒山選手が11年間乗ったWR5バルブ/キャブレター仕様をあきらめ、新型の4バルブ/インジェクション後方排気を全日本中部大会で昨年デビューさせましたが、このワークスバイクは黒山選手のためのワンメイクオリジナルだから、その最初の初期から黒山選手がテストしないわけがないでしょう。

ライダーも口が固くないとダメ

ここで質問です。BetaRev-3のデビュー前に黒山組から日本でその情報が漏れましたか。また、黒山選手からヤマハの後方排気インジェクションタイプの情報が漏れましたか。

このように、メーカーの契約ライダーというものは、メーカーの契約メカニックと同じく「口が固い」のしかテストをさせません。これは契約ライダーになるためには、必要不可欠な要素でメカと同じくライダーも「口が固い」というのも大切な資質ですね。

いくら乗る腕前がよくても口の軽いのがナンバー1ライダーの場合、多くは口の固いナンバー2か3がテストをしています。そして出来上がったバイクのみをナンバー1ライダーに渡して走らせます。

「口の固いメカニックと口の固いテストライダー」の組み合わせが、メーカーのワークスには必要なのです。

「一郎さん、あんたおしゃべりで口が軽いのと違うの」でしょうが、そうです、だから私はヤマハ発動機(株)のレーサー整備室に入れてもらえないのです。ヒェ~ッ、口にチャックするから一度は入ってみたいがな、ですね。

本題に戻ります。BetaRev-3の2000年仕様のエアークリーナースポンジは横から入れる引き出し式でした。この方式には大変な欠点があって、エアークリーナースポンジの上に溜まった泥やゴミが、エアークリーナースポンジを横に引き出すと引き出し口の上の出し入れ囲いにはばまれ全部ボックスの中に落ちてしまうのです。だもんで2年後には従来のように“上から置く”方式に変わりました。

SUZUKI/RL250はなんと、40年以上前にこの方式を採用したシステムだったのです。でもやっぱりBetaRev-3と同じく、汚れた泥のついたスポンジを交換しようとして横に引き出すと、出し入れ囲いの上の部分で泥が引っかかりボックスの中に全部落ちてしまうのはBetaRev-3と同じで、これもこの今回の改良の過程で“上から置く”方式に変えていました。

BetaMotorには、テスト部品を付けたバイクをテストするセクションが広大な庭のある部分に岩を積み上げて作ってあります。でも、スズキ自動車の駐車場にそんなのあるわけがなくて、完成車をテストするも何もまったく不可。

蛇足ですが、今はそんなことはないでしょうがカワサキはロードのテストコースがないから、ロードバイクは六甲山一般道でテストをしていたなんて武勇伝を聞きますが、BetaMotorはスクーターも作っていて、BetaMotorのすぐ横に1kくらいのまっ直線一般道があって、そこで0~400Mの加速テストをしたり、何回も延々とここをクルクル往復して耐久テストをしたりしています。

マン島はすべて一般道がレース場だし、ベルギーのSPAサーキットはコースの一部は一般道を使っているし、BetaMotorの一般道を利用して走行テストも、これはこれで警察もなんとも言わないみたい。まあ、バイクの歴史と文化の違いと認知度の違い、ということでしょうね。

●名倉スペシャルRL250

スズキ本社にテストコースがあるの?

はい、何にもありませんでした。広い駐車場で警察訓練の定番、その場停止(スタンディング)と極端にバイクを倒して(リーンアウト)の8の字を描くしかないですね。「持って帰って、いつも練習するところで乗ってあんばいを電話して」と、名倉さん。

2日間、名倉さんの家に泊めてもらって美人の奥さんをホステスコンパニオンにして毎晩酒盛り。今回のRL250大改造も3日目で無事終わり、ウキウキしながらあたふたと、SUZUKI軽キャリーに名倉スペシャルを詰め込み大阪の自宅を目指します。「大阪から浜松への往復」は、今回に限らずよく通ったのです。

これはまあ、ヤマハワークスの今の健一も同じことで「大阪から浜松か磐田への往復」は親子二代続いていて、よく通うのを引き継いでいます。スズキは浜松でヤマハは磐田ですね。

今回、フレームのことばかり書いていたけど、エンジンと排気系もいじっていて「エキパイを少し長くして、サイレンサーをモトクロッサーのに」してもらいました。結果、すごくピックアップがよくなった記憶あり。出口のサイレンサーなんか、当時、世界最強のモトクロッサーだったワークスRH250と同じものが付いていたから、排気音なんか「キンキン!!」ってはじけてる。

低速域の扱いがウンヌンというよりも、とにかく単純にアクセル開けて元気がよければそれで「ぬぉ~すごいパワーばいね」という腕前の時代ですよ。

RL250のエンジンは、もともとスズキのオフロードバイクTS250ハスラーのエンジンをそのまま使っていました。このTS250は、当時、一世を風靡したヤマハオフロードバイクDT-1の対抗バイクですね。

TS250スタンダードのクラッチは、スパスパっとよく切れました。ですが純正は、ペランペランの薄いアルミ製クラッチカバーなもんで、岩に当たったら瞬間で割れてしまいます。で、ワークス部品としてマグネシウムで「クラッチを反対側から押す方式」でなくて「すぐ外から引っ張る方式」の、専門用語でいう「ラック&ピニオン」方式にも変わりました。

ですが、初期のこのマグネシウム製ワークスクラッチアウターカバーは、センターを引っ張る部分のセンターが狂っていたのか精度が悪くて指一本ではとてもクラッチが完全には切れないどころか、重いの一言。で、重いクラッチ対策は指全部を使ってレバーを引き、細かいレバー操作の時はもっとレバーを引ける中指をたしての、指2本でクラッチ操作をしないといけない。

この指全部や指2本クラッチレバー操作を、やむおえず仕方なしにこの時マスターしたのですが、この後30年以上あとに「力の弱い子供や女子を指導」する時に効いてくるとは夢にもおもわず。

こん時の試作クラッチアウターカバーの性能が良くて、クラッチが指一本でスパスパ切れていたら、左の指全部を使って器用に一本や二本でクラッチレバーを操作する技は覚えていなかったでしょうね。人生、何が災い、何が功をする、か分からないものです。

初めて日本にやってきた世界チャンピオンのエディ.ルジャーンが、指全部を使う同じことをやってるのを見て「世界チャンピオンも同じことをやってるやんか」と、多摩テックで思ったのも覚えている。

ついでに言うと、不幸な交通事故で片腕が動かなくなり、トライアルをやめざるを得なくなったヤマハに乗っていた福岡の坂口澄夫さんは、自己流で「つま先乗り」を考え出してやっていた人です。四国徳島の川野さんという人もそう。

ルジャーンに続いて日本にやってきた世界チャンピオンのテリー.ミショーも「つま先乗り」をやってる人で、トライアルの本場ヨーロッパからはるかに遠い、情報も何も入ってこない島国ハポンで、当時、自己流で考え出し先進国と同じことをまねせずに、自分で考え出してやっていたのはすごいですね。

今は世界でもやる人がいなくなった「つま先乗り」のことは、いずれまた詳しく書きます。

マグネシウムのこと

実用金属で、一番軽いのはマグネシウムです。ただ、強さという点ではアルミに軍杯が上がりますが、軽いの1番、強さ2番の部品はワークスの場合、多くはマグネシウムを使います。人間の骨でいうと、若くて密度の濃いい骨がアルミで、老人の骨粗鬆症の進んだスカスカの骨がマグネシウムと、荒っぽく考えてください。

アルミはドロドロに溶かして型に流し込んで作ります。マグネシウムは砂に水を混ぜて流し込み固めるようなもので、中がきっちり詰まっているのがアルミで、中に隙間があいているのがマグネシウムと、これも荒っぽく理解してください。

粘土を型にはめて作る製品と、砂に水を混ぜて型に流し込み作る製品では、粘土の方が「型の通り」に出来上がります。今はそうではないだろうけど、当時のマグネシウム製品は「カバーなんかにはいいけど、動くものはなかなかセンターが出しにくかった」ような気がする。

だからスズキが作った初期タイプのRL250用クラッチアウターカバーは、動く部分のセンターが出ていなかったのかもしれない。はい、これは単なる民間人の勝手な考え思いですのであしからず。

トライアルはクラッチレバーに指をかけない??

トライアルの源流原点のクラッチ操作は、というよりも、オートバイに乗るそのものの場合、クラッチレバーに指をかけたまま走るのは反則ですね。クラッチレバーを握ってギアを入れてつなぎスタートさせる。走り始めたらクラッチレバーから指を離します。止まる時はこの逆ですね。これがクラッチ操作の基本です。

イギリスはヨークシャーのマーチン.ランプキン(ドギーの親父)の実家であるランプキンエンジニアリング(工場)に行きますと、プレ65に出場するような古いトライアルバイクがたくさん置いてあります。これはコレクション(収集)で集めているわけではなくて、従業員皆さんの思い出の実用車でもあり、皆さん時々思い思いの旧車を引っ張り出してきて乗り回しています。

乗り回しているというよりも、エンジン他を錆びつかせたらいけないから、時々、乗って隣町まで用事をしに行っている、という方が正しいかも。ようは「足代わり」に旧車を今でも使っているということ。

アメリカ人は「新しいもん好き」とは申しませんが、ことイギリス人に関しては間違いなく「古いもん好き」ですね。京都/亀岡トライアルランドのオーナー面々もまた「古いもん好き」ですね。一度、亀岡トライアルランドに行ってみて下さい、すぐに分かりますよ。

こん時に「お前も乗ってみろや」で乗せてもらいましたが、もち、こっちはいつも通りにクラッチレバーに指をかけたまま乗ります。すかさず「このバイクは指をかけて乗ってはいけない」「アクセルワークだけで乗れ」と注意されました。
モーターサイクルのコントロールはアクセルだけでやりなさい、クラッチは発進と停止とチェンジの時だけ使え、と言われます。

今でも、二輪教習所の指導も、もちろん白バイ新入隊員の指導も同じで、常にクラッチレバーに指をかけては乗らせませんね。クラッチ操作は、これが基本なのです。

白バイとマラソン

マラソンといえば、白バイの先導であり花形です。テレビに映る、先導する左右の白バイのクラッチレバーの使い方を見てみましょう。クラッチレバーには指をかけていないはず。これは白バイ乗りの基本ですね。以下、いにしえの白バイとマラソンのお話に少し寄り道します。

マラソンの先導、私の時代は「古株隊員」が左右の先導トップを張っていましたが、今はその年の白バイ全国大会に出場したのが勤めているみたい。大阪にはメジャーな大阪女子マラソンがありまして、その第一回から白バイを降りるまで一郎さんはマラソン並走に関わって(駆り出されて)いましたが、第何回大会か忘れましたが、3000mからマラソンまですべての陸上長距離の女子日本記録を更新し「女瀬古」と言われた、あの増田明美さんが倒れて途中棄権した時、増田さんに10K以上横を並走していたのは何を隠そう一郎さんなのです。

普通、陸上競技場の中のトラックを2周ほど回って一般道に選手が出てきます。その出てくる脇道側道に、先導する2台の白バイが先頭で待機し、その後ろに白バイ経歴の古い古株順にずらりと50台以上が順番に並んで待機しています。先頭は古だぬき、一番後ろは新米の子だぬきという次第。

で、選手が一般道に出てくると「それ行け、それ行け」と、狭い飛行機の中からのパラシュートで飛び降りる降下訓練と同じく、順番に選手の横に飛び出し並走していきます。これでたまたま増田選手に、当時、古だぬきランキング7番くらいだった一郎さんが当たったといういきさつ。

ということで「その目立ちたがりの性格だから人を押しのけてわざわざ有名人に並んでいった」わけではありません、偶然ですよ。

「テレビに映る、先導する左右の白バイはクラッチレバーに指をかけていない」と書きましたが、実はこれは男のトップ集団だけの話で、男子で2時間40分くらいで走りきるランナーまでの話。多分、カンボジア国籍の猫ひろしのマラソン並走だとクラッチは使わなくていいと思う。

その後のグループランナーは、1速でも半クラッチで速度を少し落とさないと白バイの方が早いのです。経験上、トップ20くらいまでは半クラッチを使わずにアクセルだけでついていけます。

ただ、大阪女子マラソンのように女子だけだと、たとえトップであっても半クラッチで走らないと足の速い白バイが先に行ってしまいます。昨年、36回目だった大阪女子マラソンですんで、同じく36年前の私の時代の白バイは性能もそれなりで、今では考えられない白バイ前準備が必要でした。今でも以下をやっているかどうかは、まったく知りませんし聞いて確認もしていません。

白バイとマラソンはセットのもので、誰も詳しく知らないこのセットのお話は次号で詳しく紹介なのだ。